✴︎カードを覚える随筆✴︎

大アルカナ22枚 (15-21)

   16. 叶えてはならない
   20. 命を与えられた日
   21. 完全無欠の人生

(徐々に追加更新いたします)

叶えてはならない

【大アルカナ・16  塔】

ついに起きてしまいましたよ。
私が最も怖れていたことが……!

猫、神になる!!
タンスの上の神棚に、猫さま君臨でございます。
神器があって足場が悪いだろうに、そんなことは気にしないのですね、猫さまは。
それから何をなさるかと思えば榊を食べる。食べちゃだめー!

このあと、お神酒の蓋を落とし、お米に足を突っ込み、塩をバラ撒かれました。
えーん!神様ごめんなさーい!と言いながら、私はお掃除です。

そして考えました。どちらも大事な「神様」と「猫さま」の平和な共存方法を。
それは…
コレクションボックス〜!
神棚のサイズに合わせた特注です。
通常は模型やらフィギュアやらが飾られるこのボックスに、まさか神棚が祀られようとは、メーカーさんも予想だにしなかったでしょう。

さて、神棚をコレクションボックスに入れたところ、猫さまは何となく異変を感じているようですが、再び君臨すべくジャンプ!

…と思ったら、消えた!?
「にゃー、落ちたー」
コレクションボックスにぶつかった猫が、よろよろとベッドによじ登ってきたのでした。
コレクションボックス、ピカピカだからね…。

こうして神棚に君臨して神となった猫さまは、人間さまの頭脳にそれを阻まれ、ニャンコに戻ったのでした。

叶えてはならない望み、この世にはあるようですね…。

命を与えられた日

【大アルカナ・20  審判】

今日は、小海(イヌ)が保健所から助け出された記念日です。生まれた日がわからないので、命を助けていただいた日をお誕生日にしています。

この日を迎えるたびに思います。
誕生日ってなんでしょう。

生命の誕生と考えれば、母親のお腹の中にいる時からもうすでに誕生しています。
母子手帳や戸籍に載っている誕生日は、必ずしも正確とは限りません。
それに、お腹から生まれ出てきた瞬間はまだ「生きるぞ!」という本人の人間としての覚悟ができません。

そう考えると、生きていきなさいと命を与えられたような日があるというのは、それこそが本当に「誕生日」な気がします。

私にも、この日がなければいま生きていないのかもなという日があります。けれど日付を覚えていないのが悔やまれます。

ともあれ、今日も生きている相棒わんこ。
そしてとっても元気。
お誕生日おめでとう。
今日も一緒にいてくれてありがとう。

完全無欠の人生

【大アルカナ・21 世界】

秩父の法性寺に行きました。
このお寺の奥の院へ向かう道が険しい山道になっていて、最後に現れる険しい崖のてっぺんには人間と同じ大きさの大日如来がいらっしゃいます。

いかにも別世界へ足を踏み入れるような雰囲気の入口にはワクワクしますが、実際に入ると何度か後悔する瞬間があるので覚悟が必要です。
小雨が降っていましたので足元に注意して歩きましたが、よく滑りました。杖がわりの傘も濡れた枯葉でツルツル滑るので、杖の役割を果たすどころか私の足を引っ張りました。しかしこの怖さが、修行気分を盛り上げます。

滑ったり転んだり、岩をつかんだり木にしがみついたりしながら、ようやく最後の難関です。
命綱の鎖を握りしめて崖をよじ登ったあと、さらに崖の反対側の断崖絶壁をぐるりと回って頂上に上がります。ぜひお見せしたい光景ですが、その写真は撮れません。余計な動作をすると落ちて死んでしまうからです。登ることしか考えてはなりません。

てっぺんにたどり着くと、畳1枚ほどの崖っぷちです。そこに大日如来が悠然と座していらっしゃいました。
足がすくむので大日如来にしがみついて振り返りますと、私が生きている下界が見えました。その途端、涙がぼろぼろ零れました。

生きて目的地にたどり着く。
誰もが毎日当たり前にやっていることですが、それは奇跡的なことです。
なにも断崖絶壁を歩かなくても、命はいつでも死と隣り合わせ。
事故に巻き込まれずに仕事へ行けること、天災に遭わずに友人と会えること、そういう奇跡を当たり前のように与えられていながら、人間はいつも不平不満を抱えています。

当たり前のことに感謝するって、とても難しいことですね。
でもそれさえできれば、誰の人生も完全無欠です。